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  • 執筆者の写真plusrelax

ブログセミナー③ 「言葉でスケッチ」してみよう

更新日:2020年9月12日


前回は「気がつくこと」を手がかりにして鑑賞を深めましょう、という話をしました。


でも、そもそも「気がつくこと」にどうすれば気づけるのか? という問題がありそうですね。





↑は、ウィンスロー・ホーマーの《むち打ち》です。前回、前々回と、みなさんに見てもらった絵です。あなたはどういう「気がつくこと」をゲットしたでしょうか。


じつは、この絵は大学の授業でも使っています。学生たちに「気がつくこと」を挙げてもらうと、はじめのうちはあまり出てきません。「子どもが並んで走っている」とか「一人転んでいる子がいる」ぐらいで、よくてせいぜい「手前に花が咲いている」といった程度にとどまります。


しかし、「あること」をしてもらうと、途端にたくさんの声が挙がるようになります。“ビフォー” と “アフター” の違いは歴然で、驚くほど効果があります。その「あること」をしてもらったあとに学生たちが指摘してくれたことをちょっとご紹介しましょう。


  *


1 ひざ当てをしている子がいる

2 服の破れている子がいる

3 みんなだいたい同い年

4 天気は晴れている

5 光が子どもたちの前から射している

6 ほぼ全員が裸足だが、靴を履いている子もいる

7 裸足で遊べているから、この場所は牧場か畑だろう

8 周りに建物が少なく、田舎だと思われる

9 うしろの森の様子からすると風が強く吹いている

10 絵は斜めの角度で描かれている

11 花の様子から季節は早春と思われる。子どもの服装がそれを裏づけている

12 放課後の夕方になりつつある時間帯、みんなで遊んでいるところらしい

13 遠くから母娘が帰路についており、夕方であることを裏づけている

14 遠心力で加速をつける遊びらしい。だから一番外の子が転んでいる

15 もうすぐ雨が降るかもしれない(強い風は天気の変わり目に多いので)

16 絵の上半分くらいを空に費やしている

17 赤い家と緑の地面という描き方は補色の関係になっていて印象を際立たせている

18 風の吹いている方向、雲の流れる方向、子どもたちの走る方向が一致していて動感が強調されている(それが斜めに描いている理由)


  *


いかがでしょうか。これでも一部です。ほんとうはもっとたくさんのことに学生たちは気づいてくれます。


学生たちの「気がつくこと」をご覧いただいてどう思いますか? 「学生はすごいな、こんなにいろんなことに気づくんだ!」と思うでしょうか、それとも「なんだ、この程度か」と思うでしょうか。あるいは、あなたは学生たちと同じことに気づいたでしょうか?


私はけっこうさまざまなことに学生たちは気づいてくれていると感じています。少なくとも、「あること」をする前と比べたら、気づきのレベルがまったくといっていいほど異なっていることを率直に認めてあげたいと思います。


「気がつくこと」は、数が多くなっているだけではありません。視野が広がり、中身が深くなり、見出すことが細かくなっています。


たとえば、9では主役の子どもたちだけではなく、背後の森にも視線が向けられています。そして木々の様子から「風が強く吹いている」ことが発見されています。大変けっこうです。


あるいは、13はどうでしょうか。この絵に「母娘」が描かれていることに、あなたは気づいていましたか? 左側で転んでいる子の腰の上あたりにごく小さく描かれています。13を指摘した学生はそれを見逃すことなく、しっかり見つけてくれています。それだけ観察が細かくなっているということです。


それだけではありません。その「母娘」の描かれている様子から、この絵の「時間」にまで推理が及んでいます。単に見ただけではなく、見つけたことから一種の「読み」が入っているわけです。一歩深いところまで踏み込んだ鑑賞と評価できるでしょう。


このように「あること」をちょっとやってもらっただけで、彼らの鑑賞はグッと深くなっていることがわかります。


  *


では、学生たちにやってもらった「あること」とは何でしょうか? それは「絵を言葉で説明する」ことです。見た通りのことを言葉にして説明する、それだけのことです。とくに難しいことでも何でもありません。


たとえば、


「ここには8人の子どもが描かれています。彼らの多くは手をつなぎ、向かって右から左へ走っています。左端の子は転んでいます。右端の二人か三人はみんなが走っていくのを引っ張っているように見えます。子どもたちが走っているのは草原で、手前には花が咲いています。うしろには木造に見える建物があります。屋根には煙突があります。建物のさらにうしろは森になっています……」


という具合です。いわば、「言葉でスケッチ」する要領です。


この作業のことを「ディスクリプション」といいます。ディスクリプションは、美術の研究者が最初に行う作業でもあります。作品を前にして、いまやったみたいに言葉にしながら作品を見ていきます。


ディスクリプションをすると、観察が行き届きます。作品には、ふつう、目立つ部分と目立たない部分があります。パッと見ただけでは、目立つ部分には眼が行っても、目立たない部分には案外眼が行かないものです。この絵でいえば、子どもたちの姿にはすぐ眼が行っても、背景の森や遠景の街、あるいは空模様などにはあまり眼が行かないことが考えられます。


ディスクリプションは、作品全体に視線を向け、目立たない部分もちゃんと見るようにしてくれる効果があります。


また、ディスクリプションすることによって、捉え方が鋭くなるということもあります。言葉にしていく作業を通じて、ただ見ているだけでは何となしにしか意識されていなかったことが、より明確に意識の俎上に上げられ、しっかりと認識されるようになるのです。


ディスクリプションをていねいにすればするほど、作品のより細かなところにまで視線が行き届き、認識がレベルアップします。その結果、より質の高い鑑賞につながります。実際、学生たちが段違いに向上しているのはご覧の通りですね。


即効性と持続性がありますので、ぜひ、ディスクリプションというコツを覚えておいてください。あなたの鑑賞力がすぐにワンランク上がることを請け負います。

(藤田)



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